T調

さまよいながらじぶんなりにととのえる


投票日

 生まれて初めて選挙の投票というものに行ってきた。家でぼーっとしてたらあっという間に夜の7時半になってしまい、重い腰を上げて近所の小学校へ。あんまりみんな投票なんて行かないんだろうなあ、なんて思ってたけど、体育館にはけっこう人がいた。投票率どれくらいなんだろうな。
 
 緊張した面持ちで投票用紙に名前を書き込み、投票箱に入れようとしたが、並んでる箱が三つあって迷ってしまった。全ての作業を終えて体育館を後にするときも、管理の人達に「そっちは出口じゃないです」なんて言われたり。さりげなく行って帰ってくるつもりだったのに。何もかも未体験だったからそうはいかなかったな。
 やはり、他の人が誰に投票したのか気になる。みんなどんなことを基準にして一票を投じるのだろうか。当選しそうな党の人?それともちゃんと公約を聞いた上で選んでいるだろうか。一票を入れるからにはその人に当選してほしいと思うけど、きっと私の一票は反映されないだろう。でも自分の入れたい人に入れた。これからも流されないようにするつもり。 

雨の日の常

 ・洗濯物が乾かず、布団が干せず憂鬱 ・長いパンツ履いて外に出ると必ず泥がはねる(歩き下手?) ・どこか室内(電車、店)に入ると傘を忘れる(折りたたみだったら大丈夫)   

純粋なもの

 豆腐はコロッケにするよりそのまま食べる方がうまいと思う。ワインもジュースと混ぜたカクテルより、そのまま飲んだ方がうまいと思う。某居酒屋にて。 人でも、食べ物でも、音でも、生まれたままの姿の方が人に直に訴えかけてくる気がする。 外見やコトバを飾っても本当の人間は見えない。自分の本性を利害計算なく表す方が素直で愛せる。 フルーツも生の果実をそのまま食べることに意義がある。これが木からぶら下がってたそのままの姿なんだ。そこでは生物の不思議さというか神秘が感じられる。 シンセの作られた音よりアコースティックなものの方がココロに響く。マイクを通した歌声より、そのままで聴いている方がダイレクトに感じる。 純粋とは、生命の実感である。

料理

 今日、毎日新聞の夕刊を読んで、料理研究家の栗原はるみさんのレストランが存在することを知った。オープンしたのは結構前だったのね、知らなかった。 そのお店はランチタイム・ティータイム・ディナータイムの3部制になってるらしい。私は時々栗原さんの姿をテレビなんかで見るけど、特に興味を持ったのは栗原さんの出すお菓子の本だ。彼女の本に載っていたお菓子はどれもすごくおいしそうで食べたくなるようなものばっかりだったのだ。ティータイムに行けばデザートなんかもメニューが豊富なのかなあ。う゛ーん、いつか足を運んでみたい。 栗原さんは料理を楽しみながらやっている、という感じがして好きだ。「料理研究家」みたいな「仕事」になっちゃうとどうしても技術なんかの目先のことばかりにとらわれるようになっちゃうかもしれない。でも彼女の場合生き生きと楽しそうに料理をしているから、見てるこっちまで嬉しくなっちゃうのだ。 そう、料理は義務じゃなくて、楽しむものだよね。気持ちがこもってる料理ってそれだけでおいしいと感じられるもの。だから、毎日の食事を義務として作るか、楽しんで作るかの違いで、食べる側の気持ちも違ってくるよね。 私は一人でも結構料理はする方だけど、それはコンビニなんかに行ってもあんまり食べたいものが見つからないし、やっぱり作ることって楽しいと思うから。昔は母に台所で助手みたいに料理を手伝わさせられるのがいやだったけど、今は傍らであの時見ていたことが役に立っているから、感謝している。

エアコン

 梅雨はどこにいっちゃったの? こんなんじゃ紫陽花も枯れちゃうよ まあまた雨も降るようになるだろうけど  とにかくこんな天気が続くと暑いわけで そろそろエアコンの出番かな? 去年はいつごろから稼動させたっけな 東京の夏は九州に住んでたときより 神奈川に住んでたときよりつらい 異常な蒸し暑さだ  私はエアコンの涼しさとか温もりとか あんまり好きじゃないんだけど (なんだか人工的なものは快適ではないし、 環境問題も気になる) 東京に住んでる限りまた使う日がやってくるだろう 汗かいてでも使わずにいてやろう 汗かいたら水風呂に入ろう 意地でもエアコンONにするもんか なんて今は思ってるけど そういうわけにはいかないだろうな いつまで使わずにいられるか 我慢比べだ!! ・・・なんてね。  

たまには

 何にもしない日があってもいいよね? しかし在宅勤務というものは私には合わないものかもしれない。 一人で仕事しててもつまらないよー。もっと人と接する仕事がしたいよ。 メリハリが欲しい。最初は一人でもメリハリをつけて仕事してたんだけどね。 やはり長く働いているとダラダラとしちゃうようになって。 職をそろそろ真剣に探そうかと思う今日この頃。 よし、夢に向かって動き出すか。 やるときゃやらねば!  

ポストペット

 今日、ポストペットを取り去った。このごろパソコンの調子がおかしかったし、ポストペット仲間とのメールのやり取りもご無沙汰になってきてたから。
 仲間とのメールをフロッピーに保存しながら、あのころ交わした一つ一つの言葉を胸に刻み込んだ。
 大好きだった、うちのモモ。大人にしてやれなくて、ごめんね。いちばんメールを運んでくれた犬のきょうじろうも、もっといっぱい撫でてあげたかったなあ。
 あのころは、ホントにメールを毎日チェックするのが楽しくてしょうがなかった。自分だけに運ばれたコトバがたまらなくうれしかった。
 でも、時が経つにつれて人の環境も変化するわけで、新しいコミュニケーションの取り方が優先されるようになった。それもいいかな、と思う。ただ、コトバが嫌いだった私を変えてくれたのは、あの頃のメールのおかげだということ、忘れずにいよう。
 
 

HOME

 私には、2つの帰る場所があった
 ひとつは小さなアパート
 ひとつは母の待つ故郷
 
 帰る場所が最近もうひとつ増えた
 それはこの“HOME”PAGE
 パソコンの中のこんな小さな空間に
 自分の存在を託す
 
 特に必要なことを発信するでもなく
 役目を失ったホームページでも
 だれかが遊びに来てくれる
 
 通りすぎる存在だったこのページが
 
 なければ出会わなかっただろうか
 ささやかな意味があることを知った 
 
 HOMEとは
 あたたかく安心できる場所のこと
  
 

食べる

 誰かといちばん最初に食事を共にするとき、ちょっとした緊張感がある。  同じ人間といえども、好みは人それぞれ違うし、食べ方も十人十色。 この人はどんな物を食べているんだろう、どんな食べ方をするんだろう。 と、食べる前はいろいろと思いをめぐらせる。 その人の食べる物や食べるしぐさなど、ちょっとしたことが その人を知るきっかけになって、おもしろい。 だから私は人と一緒に食事をするのが好きだ。 

 あなたはいつもこわい顔をしている  だれにだって気を許さない でもあなたの歌が こんなにも激しくて長いのは きっと話したいことが 伝えたいことが たくさんあるからだろう